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2012年 06月 07日
今年はコースが大きく変わった。
BMO参加は初めてだから、変わったからと言って私自身は何ら支障はないわけだが、これまでのコースを走り慣れた人にとっては、大きな不安材料だったようだ。 まず、スタートとゴールの位置が異なることになった。 スタートは、クイーン・エリザベス公園。 ゴールは中心街に新しく建設されたコンベンションセンター。 公園を出てキャンビー通り(Cambie Street)をまっすぐに南下、49番通り(49th Avenue)を直角に曲がり一路西へ進む。 パシフィック・スピリット公園(Pacific Sprit Park)横のゆるい、しかし長い坂道を登りながら北に戻り、公園の北端をなぞるようにしながら更に西へ進む。 BC州立大学(UBC)をぐるっと回った後は、キツラノ(Kitsulano)のビーチ沿いを今度は東方面へ戻る。 スタンレー公園(Stanley Park)を一周してゴール。 個人的には、私はこのコースが好きだった。 くねくね曲がらないので距離感がつかみやすい。 パシフィック・スピリット公園内の森の中は空気が澄み、大学内の道は静かで落ち着きがある。 ビーチ沿いからは、遠くに停留している貨物船、まだ雪の残る山々を眺められる。 結果として、沿道の応援は少なかったように思うが、今回はそれもあまり気にならなかった。 クイーン・エリザベス公園はうちから歩いて行かれる距離ではないのでスカイトレインで行く。 朝の6時台だというのに、電車は満員。 もちろん、90%以上の乗客がBMO参加者である。 老若男女が揃ってジョギング・ウエアを着て電車に乗り合わせている光景は少し異様だ。 この電車は空港まで行くため、乗客の中に大きなスーツケースを抱えた人がちらほらいる。 中には、どこかからやってきた旅行者だっているだろう。 いったい何ごとか?と思ったにちがいない。 最寄り駅のキング・エドワード駅(King Edward)で下車。 何人かのランニング仲間と待ち合わせしていたので、皆でとぼとぼとスタート地点までの10分ほどの距離を歩く。 ハーフとフルとで1時間の差をつけてスタートとするにしても、2万人からの参加者であるから、スタートラインの後ろには2,3百メートルくらいの長さで道路が伸びている。 その横を歩く。 我々の横をハーフの参加者達が次々とスタートしていく。 スタート地点での並び順は、もちろん速い順である。 でないと、前のほうを走っている遅い人たちを速いランナーがどんどん追い上げていき、大変な混雑になってしまう。 私はのんびりランナーなので、かなり後ろのほうまで歩かされた。 スタートまでにはまだ間があるので、トイレを済ませ、持参したこしあん入りの菓子パンをもぐもぐと食べる。 ランナーによっては、1時間前にバナナなどを食べて終わりという人も多いのだが、私はそれではすぐにお腹が空いてしまうので、朝ご飯も食べ、レース直前にまた食べる。 周りは遅いランナーばかりだから、雰囲気は穏やかだ。 日本からわざわざ走りに来たと思われる人がかなりいる。 皆んなカラフルなウェアを来ている。 カツラをかぶったりのコスチューム風の人もたくさんいる。 現地参加の地味ないでたちの人達の中で、空に放たれた風船のように鮮やかだ。 そのような様子をぼんやりと眺めていると、列が動き出した。 いよいよスタートである。 市長の挨拶などというものは一切なく、時間が来たら、ランナーがどんどんスタートしていくだけだ。 スポンサーであるスポーツ店の創設者がランナーを励ますような冗談まじりの声援を飛ばしている。 最初の10キロ地点あたりまでがきつかった。 私は調子が出るまでに時間がかかる。 面白いことに、10キロのレースなら3キロを過ぎたあたり、ハーフなら7、8キロを過ぎたあたりから体が楽になる。 どのようなメカニズムによるのかは不明だが、走る距離に応じて調子の出てくるタイミングが変わる。 長距離の場合には、少なくとも10キロを過ぎないと調子が出てこない。 そういう意味では何もあわてることはないのだが、今回は足の痛みの心配があったからか、いつも以上に体が重く感じた。 気が付くと、私の周りにはほとんど人がいなくなっていた。 キャンビー通りは片道3車線あるので、もともと混雑はしないはずであるが、それにしてもというくらいに人がいない。 もともと速いランナーではない上に意識的にゆっくり走っていたから、スタート地点でいっしょだった人達は皆んな、前のほうに行ってしまったのだろう。 一応住宅街だが、まだ朝が早いからか沿道にもほとんど人がおらず、とてもひっそりとした中を一人で黙々と走る。 まだ1キロも走っていないというのに、体が異常に重い。 やっと1キロ地点を知らせる看板が見え、やがて2キロ地点を通過する。 体は更に重くなる。 心なしか、息があがっている。 そして、その重さと息苦しさはやがて痛みになって腿に集中されるようになる。 こんなに早くきたのかと思う。 まだ5キロにも達していない。 気持ちが一気に暗くなる。 なるべく腿のことを考えないようにして走る。 心配しすぎるあまり、痛いような気がしているだけだということにする。 最初の給水ポイントを何も取らずに通過する。 通り過ぎた途端、さっき食べたこしあんが食道にはりついているような気がしてくる。 痛みがだんだんと大きくなってくる。 痛いような気がしているだけだと誤魔化せないはっきりした痛みに変化している。 それでも、まだ耐えられる痛みだ。 更に速度を落とし、まっすぐ前を見て、あまり体を動かさないように注意して走る。 痛みがあることに精神的に耐えられなくなってきたのは、10キロを目前にした頃だったと思う。 だんだんと自分がパニック状態になり始めているのが分かる。 その時突然に、2日前の金曜にマッサージのせんせいが何か言っていたことを思い出した。 彼は何と言っていたか? そうだ。 もしも痛くなったら、左肩を意識的に上げてみてと言っていたのだ。 上げてみる。 心なしか、痛みがやわらいだような気がしなくもない。 しばらく走る。 痛みが消えた。 しばらく走る。 痛みは消えたままだ。 しばらく走る。 痛みが、、、、、全くない。 びっくりした。 私はこのような経験を過去にも一度だけしたことがある。 神経を抜いた奥歯に一年近く鈍痛があり、何軒も歯医者を回ったが、神経がないのになぜ痛むのだ?と、どの歯科医も取り合ってくれなかった。 キミは考えすぎ、気のせいだと言って、私の肩をぽんぽんと叩いた医者もいた。 が、最後に藁をもつかむ気持ちで行った歯医者の診断はこうだった。 「普通、奥歯の神経は2本だけれど、まれに3本ある人がいます。3本目はレントゲンにも写らないほど細い場合が多いので、見逃されがち。bpはその稀なタイプかもしれない」 結果はその通りで、クラウンをはずして、もう一度調べてみると、そこにはしっかりと3本目があったのだ。 治療後、奥歯の痛みはピタリとなくなった。 そういう痛みの消え方だった。
by bp1219
| 2012-06-07 04:41
| ひびのこと
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