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2008年 10月 07日
私の住んでいるバンクーバーという街には、ホームレスの人とか、ドラッグ・アディクトの人がとても多い。(*1)
京都みたいに碁盤の目のようになった繁華街には、その角ごとにベッガーが立っているのではないかと思われるほどだ。(*2) こういうことを面白がってはいけないのかもしれないが、お金なり食べ物なりを渡す方にも受け取る方にも、当然のことながら、どちらにも個性というものがあるから、日々いろいろな小さなドラマが発生して興味深い。 私はその日、とてつもなく急いで駅に向かっていた。 入口の階段を駆け上がり、切符を買うために自動販売機に走り寄った。 鞄から財布を引っ張り出していると、それを待っていたかのようにベッガーがスルスルと近寄って来た。 30代前半くらいかと思うが、情緒がかなり不安定になってしまっている感じの男性で、奇妙な形に体を折り曲げ、その状態で前後左右に落ち着きなく動きながら、くぐもった声で「小銭をおくれ」と言っている。 目を合わせると話が長くなりそうな雰囲気がしたので、「えーと、悪いけど今日は無視ね。また今度ね。」と心でつぶやきながら、小銭おくれの声は聞こえなかったことにし、財布から出したお金は彼には渡さず、そのまま販売機に入れた。 25セント硬貨を2枚入れたところで、ベッガーの手が目の前にスーッと伸びてきた。 そして、えっ?と思った瞬間に、その手は「Cancell」と書かれたボタンを押し、それと同時にチャリン♪チャリン♪という繊細で軽やかな音が微かに辺りに響いた。 伸びた手はそのまま釣銭が出る銀色の扉へと降り、パタパタしているその扉の下から硬貨2枚を奪って行った。 ベッカーの手は、私が再び硬貨を入れるのをじっと待っている。 その瞬間、私の口からは「No Way!」という言葉が発せられていた。 長々と状況説明を続けたが、実はここからが本題で、咄嗟に出た言葉が、英語だったというのはどういうことなのかな?と思ったのだ。 私は英語圏に住んでいるとはいえ、英語どっぷりの生活をしているわけでもなく、決して英語が得意なわけではなく、非常に不得意である。 それなのに、咄嗟に出たそれは「え?」とか「あっ!」とか「うっ、、」とかいう言葉ではなく、「No Way!」だった。 No Way!とは、直訳すると「絶対だめだ」とか「有り得ない」というような意味で、この状況下で発するのに適した表現なのかは分からないが、兎も角、私はそのような言葉を瞬間的に吐いていたわけである。 その時の私には、急いでいる焦りと、50セント奪われたショックと、彼に奪わせるくらいなら最初からあげれば良かったという後悔と、しかし、その見事な手腕を見ることが出来た感動と、いろいろな感情が入り混じっていたように思う。 そして、それは自分の胸のうちにこっそりと閉まっておくには大きすぎ、すぐさま誰かに伝えなくてはならなかったのではないかと思う。 その結果、ここで日本語を叫んでも誰も理解しないという、長い海外生活によって骨の髄まで染み付いた意識が、何とか、驚きを伝える英単語を引っ張り出してきたのだろうと推測する。 例えば、「ウップス!(oops!)」など、言葉自体に意味がなく、また、使用する機会も格段に多いため、英語の得て不得手に関わらずついつい口をついて出る類いの単語とは、全く違ったルートを辿って発せられた言葉であったろうと思う。 逆に考えると、どこかの国から来て日本に住んでいる人が大きな声を上げるとか、大声でなくともボソッと何かをつぶやいた時に発した言葉が日本語であった場合、「最近、日本語が流暢な人って多いよねえ」というようなことではなく、それよりは、その人は驚きやら恐怖を周りの人にとにかく伝えたい状態に陥っていることが多いのではなかろうかと思う。 なので、そういう声を耳にした時には、「変な外人」と無視したりせず、ちょっと様子を見てあげてもらえると、海外に住む者としてはとても有難い。 ところで、50セント奪われた私はどうしたかと言うと、単に、隣りの販売機にスゴスゴと移動し、ベッガーに思いっきり背を向けて無事に切符を買った。 彼のあの手腕に勝るとも劣らない何か斬新な対応が出来れば良かったと思うのだけれど、取り合えずは声を出して反応できたから、今回はよしとしておこう。 (*1)ドラッグ・アディクト(Drug addict)。 つまり、麻薬中毒なんだけれど、日本語で書いた時に受ける印象とは少し違う感じ。 日本でよりも常習している人が多いから、状況はもっと逼迫しているのだけれど、常習している人と常習していない人との距離感は、良いとか悪いではなく日本のそれよりは近いように思う。 そういう意味からすると、カタカナでドラッグ・アディクトと書いたほうが、その辺の雰囲気も包括できるように思う。↑ (*2)ベッガー(Beggar)。 街角で「小銭をください」とBegする(請い求める)人のことである。 直訳すると、それはつまり乞食ということなのだけれど、ドラッグ・アディクトの場合と同じで、乞食という言葉に含まれているような距離感はない。↑
by bp1219
| 2008-10-07 00:10
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