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2008年 01月 29日
絵を観たり、音楽を聴いたりなど、所謂「芸術に触れた」際に、何だか分からないが深く感動するとか、体の疲れがすーっと抜けていく感じを味わうとか、何かがぐわっと体を突き抜けていくように感じるとか、というようなことは、残念ながら滅多にない、というよりほとんどない。
もしかしてこれが?というようなことが数回あったかも、、、、というような程度だ。 しかし、その絵を描いた人や音楽を奏でている人のことをよく知っていたり、或いは何らかの形でその人の生活を垣間見たりした後では、何でもなかったただの人物画や、或いは単なる軽快なメロディーだったものから、創った人の思いのようなもの(なのだろうと思う)が、いきなりムクムクと煙のように立ち上ってくることがある。 よく、芸術家の家族や友人が、諸手を挙げて彼或いは彼女の作品を褒めちぎっていることがあるが、あれは、売り込もうとしてやっているとか、知人の好でやっているとかということではないと思う(もちろん、そういう場合もあるだろうとは思うが)。 たぶん、それは、芸術家の観ている世界を垣間見てしまうからなのだろう。 「Once」は、アイルランドのダブリンに住むミュージシャンの話である。 普段彼は、父親の経営する掃除機修理工場を手伝っているが、時間のあるときには繁華街へ出てきて道端で自分の書いた歌を歌う。 なかなか素敵なメロディーの曲である上に、俳優自身の声も良く(*1)、ふん♪ ふん♪ ふん♪という気分にはなるものの、それ以上のものは感じられなかった。 ところが、太陽が沈み、人々が家路に着いた後のひっそりとした街の片隅で、薄暗い街灯に照らされながら、突然堰を切ったかのように歌いだす彼の歌声には胸を打つものがあった。 指先がこすれて血が出るほどの勢いでギターを鳴らし、腹の奥からの叫びを、他の人には何の意味も形も持たないそれを、そうだということを承知の上で、それでも搾り出さずにはいられない、というような歌い方だった。 それは、たぶん、それまでのシーンの数々から、ミュージシャンが(世界中の多くのミュージシャンがそうであるように)、深い悲しみをかかえながら掃除機を黙々と修理する姿や、マンホールに向かって思いを伝えているように、どこへも辿り着かない歌をコツコツと真摯な心持で書いている姿を見ていたからだろう。 短いシーンの中で、充分にそのことが伝わっていたからだと思う。 そして、また、俳優自身が、そうしたものを歌に込めることが出来るのだろう。 アイルランドを舞台にしたモノが往々にしてそうであるように、或いは、彼の人生の一部と化してしまったような習慣化し苛立ちのためなのか、全体的に暗い感じのする映画である。 しかし、話の展開は決して暗くはなく、ガールフレンドらしき女の子が現れたりもし、彼が新しい未来へ向かって歩み出だしつつある、というところで話が終わる。 とことん前向きな「Don't think, Just do it!」的な映画であるならば、軽快なBGMとともに、5分かそこらでダイジェストされるであろう彼の幸せなひとときを描いている。 しかし、もちろん、5分間に短くまとめられてしまうような時間にこそ、他人の興味をかきたてるような出来事の起きなかった時間にこそ、その後のその人の人生をささえるような大切な事柄が詰まっていたりするものだ。 この映画は、そうした些細な、しかし重要な日常生活を、誰かの心のヒダを一枚一枚丁寧に剥がし、乾かし、そこに書いてあることを、文字が滲んで見難くなったそれを、根気良く、ノートに書き写すような感じで、ゆっくりと丁寧に描いている。 この映画の内容に更なる厚みをもたらしているのは、「ガールフレンドらしき女の子」の人生である。 彼女のほうは、より複雑な重いバックグラウンドを背に生きており、そういう人にわりとアリガチだが、とても淡々と日々を送っているように見える。 ミュージシャンと出会ったことにより、一瞬、生活に灯がともるというか、自らもミュージシャンとして、自分が美しいと思うものを美しいと思ってくれる人に出会うわけだが、結局、「I think, so I can not do it」というような感じで、彼の新しい未来へは参加しないこととなる。 ところが、何となく、不思議なことに、彼女は、その思いをどんどんと歌に込め、売れる売れないは別に、少ない人数でありながらも人を感動させる歌を書き、そしてそれを歌っていくのだろうという雰囲気を漂わせるのだ。 こうして考えると、感動というのは共有ということと通じるのかもしれない。 共感というよりは、共有。 物理的につながっていなくても、どこかで何かがつながっていることを体が知ると、 この文章の最初に書いたような感動を味わうことが出来るのかもしれない。 無意識や体が、その喜びをあらわすということなのかもしれない。 (*1)良いはずで、彼はアイルランドのバンド「The Frames」のリードボーカリストだそうだ。 ↑ Once オフィシャルサイト
by bp1219
| 2008-01-29 10:00
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