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2012年 03月 29日
愛しているという言葉の感じを実感できる人はどれくらいいるのだろう?
北米やヨーロッパなどで生まれ育った人は、その言葉を発する際に、愛するという感覚が胸のうちに湧き上がるのだろうか? 例えば、大好きと言う時に、大好きという音の感じが私の胸に湧き上がるように。 たぶん私が日本で生まれ育ったからだと思うが、私には愛するということをはっきりとは分かっていないと思う。 頭では「こんな感じのこと」と分かるが、心ではぼんやりとした分かっていないと思う。 それでも、ぼんやりと分かるようになった日のことをよく覚えている。 それは、短大を卒業する間際に、友達の女の子と2人で出掛けたヨーロッパでだった。 我々は、3週間かけて各地を回った。 成田発の飛行機でエジプト経由でロンドンに入り、夜行船でオランダへ行き、ユーレイルパスを使ってベルギー、フランス、スイス、スペイン、イタリアとめぐり、ローマからもう一度エジプトに行き、カイロで一泊だか2泊だかして帰国した。 ロンドンでは待てど暮らせど友達の荷物が出てこなかった。 2人ともかばんの大きさはハンドキャリーできるサイズだったはずなのだが、なぜか友達だけが飛行機の入口の前で呼び止められてチェック・インさせられたのだ。 後から思うと、飛行機を乗り換えたエジプトで、荷物を一旦ピックアップしなければならなかったのだと思う。 それをしなかったのが原因だろう。 ヒースロー空港にいた数人の日本の男の子が我々と目をあわさないようにしてどこかへ消えてしまったので、スタッフの若い女性をつかまえて事の次第を説明した。 その女性の非常に親切で熱心な対応にもかかわらず、友達の荷物がヨーロッパの地を踏むことはなかった。 ロンドンへ運ばれることはなく、成田へ戻されてしまったのだ。 旅の始まりはそんなだったが、我々は悠々と旅を続けた。 ロンドンから乗った夜行船は辛かったし(部屋を取らなかったので硬いベンチの上で寝た)、オランダでは友達が寝込むし(彼女曰く、一人で美術館などめぐってきた私は寝込んでいる友達へのお土産にとマヨネーズがけのフレンチ・フライを買って帰ったそうだ)、フランスでは夜に道に迷ったし(そんな時に限って血のついたバイクを見たりした)、やっと辿り着いた宿のシャワーからは赤茶けた水しか出てこなかったし、いつも荷物を抱えて歩かなくてはならなかったし、ホテルの朝食ビュッフェからかすめてきたパンをぼそぼそ食べていると、横をツアーバスに乗った同級生が窓から手を振って通って行ったりしたけれど、我々はケンカもせずに楽しく旅を続けた。 互いが不機嫌になったのは、ともに一回ずつきりだった。 どちらもローマでだった。 ローマでは50ccのバイクを借りて街を走った。 友達の案だった。 友達はエンジンをかけられないのだが、誰かが(つまり私が)それをかけてあげさえすれば、風のように走った。 私のほうは、ガス欠のホルクスワーゲンみたいな音を出してヨタヨタとしか走れない。 大型の市バスの間に挟まれそうになるし、急カーブの先に絶壁の如く急な登り坂が出てきてびっくりしてブレーキをかけてしまい、重いバイクをひきづってその坂を上らなくてはならなかったりしたためにぶち切れた。 友達は怒ることもなく、今すぐバイクを返しに行こうと言ってくれた。 そのような温和な友達が切れたのは、ボーイフレンドへのお土産が買えなかったときだ。 我々はローマにおけるシエスタという習慣を忘れていたのだ。 夕方にはエジプト行きの飛行機に乗らなくてはならないのに土産はまだ買えておらず、でも、店が次々に閉まっていくのを見て、彼女はぶち切れた。 飛行機の予約を変更しようにも旅行会社もシエスタ中で、仮に事務所が開いていたとしても私にそんなことをする勇気もお金もなく、私はただただ黙っていた。 結局友達は、道端でまたも出くわした別の同級生(卒業旅行でヨーロッパに行く人が非常に多かったのだ)の胸ぐらを掴んで、「何か良さそうなシャツを買ってきて!」と無理やり頼み、その瞬間にしゃきっと立ち直った。 私はこの旅行で、2つのことを知った。 一つは、心の底から今が楽しいと思う気持ち。 3週間の間、毎日毎日、楽しい楽しいと思っていた。 そんな風に過ごしたことは、たぶん、生まれて初めてだったと思う。 当時既に20年近くを生きていたわけだから、もちろん、楽しいと思ったことはたくさんあったと思うが、心の底から沸き立つ気持ちを意識して実感したのは初めてだったと思う。 そして、もう一つが、愛するという気持ちだった。 威勢が良くて、機嫌が良くてやさしくて、面白いことをたくさん思いついて、でもたまにおバカで、無茶なことをする友達を見ていると、ふと心に沸き起こってくる感じのものがあった。 その感じが人を愛するというのかもしれないと思ったのだ。 大好きというのとはまた少し違う。 胸に沁みるというか、しみじみするというか、少し泣きたい気持ちになるというか。 その感じは、その後の人生においてもたまに沸き起こることになった。 いや、前からそれはそこにあったのだろうが、意識してその存在が分かるようになったのだ。 そのたびに、「私はこの人を愛しているのだなあ」と思う。 その人は友達だったり、親戚の誰かだったり、猫だったり、いろいろなのだが、ヨーロッパで感じたあの感じが胸に湧き上がってきたら、私はその人を愛しているのだ。 愛するという感情は、開けっぴろげなハッピーとは少し違う。 淡い悲しさも含んでいるような気がする。 ヨーロッパで、今が楽しいという気持ちとともに知ったものなのに、それはなぜなのだろう? 淡い澄んだ悲しみがあって初めて、人を愛することができるということか? だから、もしかすると、私の感じる愛は北米やヨーロッパに住んでいる人々が感じている愛とは少し違うのかもしれない。 なぜなら、朝起きて「アイ・ラブ・ユー・ハニー!」、電話を切る間際に「ラブ・ユー・トゥー・マム!」と言う度に淡い悲しみが襲ってきたら、毎日は結構大変だ。 或いは、愛の定義は一人一人微妙に違っているのだろう。 今これを書いていて気がついたが、愛の淡い悲しみは何となく薄い黄色のような気がしている。 クリーム色に近い黄色。 私は、楽しい元気な気分には明るい光るような黄色をイメージしているから、やはり、私の中では楽しいことと悲しみはどこかでつながっているのかもしれない。
by bp1219
| 2012-03-29 08:24
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