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2012年 06月 26日
生まれて初めて、お菓子教室なるものに行った。
場所はバンクーバーのキツラノ。 ロンドンでお菓子を作っていたという、日本人女性の自宅でやるこじんまりした教室だった。 しかし、サイト上の当日作るケーキの写真を見ると、相当根性を入れなければ作れないような豪華なシロモノだ。 (写真はどちらも、お菓子教室のサイト、Reikocakesから) 何も、これほど美しく、これほど上品なものを日常的に(或いは非日常的にでも)作りたいわけではない。 しかし、思うに、繊細なお菓子を作るにはかなりの忍耐力や注意深さが必要だ。 そして、その忍耐力、注意深さこそ、私に欠けているものだと思う。 私が台所で何か作ると、成功率は50%くらいである。 とても低い。 センスとか、手先の器用さとかいう以前に、雑だからだと思う。 分量の測り方が適当だし、材料を入れる順番を間違える。 面倒くさそうな工程は省き、野菜の切り方、小麦粉の混ぜ方など(練り過ぎるなとか、縦に切るようにとか無視する)に注意を払わない。 流しに汚れたボールやらスプーンやらが山になっていくのが嫌で、料理の合間に洗いものをするのではなく、洗っている間に料理しているようなところがある。 これではダメだと思うのだが、長年の性格なのでなかなか治らない。 であるならば、素人でも大丈夫!という料理に必要な中途半端な忍耐力よりは、筋金入りのそれを目の当たりにするほうが、効果があるように思った。 いや、そうでなければ、逆に効果がないだろう。 それが参加理由だった。 パリプレストというケーキを作る。 シュークリームを輪の形にした応用版のようなもの。 フランスでよく見かけるお菓子で、かの地の伝統的な自転車競技、パリ・ブレスト・パリが名前の由来だそうだ。 パリとフランス西部のプレスト間1200キロを自転車で往復する競技である。 最初の大会は1891年、その後、10年に一度というような気の長さで定期的に行われている。 輪になっているのは、もちろん車輪をかたどっているためである。 当日の参加者は4人。 2人ずつでグループになって作業をする。 せんせいの自宅には、備え付けの大きなオーブン以外にがっちり目の小型オーブンが2つもあったが(ヘラやらボールもたくさんあった)、それ以外は普通のお宅である。 台所が改装されているとかいうことは全くない。 3畳くらいの広さの台所。 北米仕様の大き目の冷蔵庫、作業台、シンクが2つの流し、電気のコンロは大きいのが2つ、小さいのが2つの一般的な大きさのもの。 コンロの下のオーブンは大きいが北米では一般サイズ。 光がさんさんと入る、気持ちのいい台所だ。 流しの前に大きな窓、コンロの横はバルコニーで、薄紫や水色の繊細な感じのお花がたくさん、鉢に入って太陽の光を浴びている。 ここに5人の女性が入って作業をするのだから、手際よくやらなければならない。 その感じを自分の家で応用できるのは良いことのように思った。 (実際には、台所では行うのは火を使用する部分で、混ぜたり何だりというのは、ダイニングに置かれた大きなテーブルの上で行われた) まず、せんせいが最初にわーっと大まかな説明をする。 配られた用紙には材料のことしか書かれていないので、作り方の順序や注意点をどんどんメモする。 大変だが、ただ聞いているだけより頭に入る。 何となく作業の流れが分かったところで、せんせいがデモンストレーションを行う。 車輪のパリブレストの他に、プチシュークリームの餡がけというメニューが用意されていたのだが、それはせんせいが作るとのこと。 形が違うだけで、パリブレストもプチシューもつまりはシュークリームであるから、生地の作り方もカスタードクリームの作り方も同じだ。 デモンストレーションをじっと見ることにより、先ほど説明を聞きながら自分の頭の中で行われた工程がカラフルによみがえり、必要に応じて修正されていく。 料理で一番難しいのは、頃合いをみることではないか、と思う。 だいたいこんな感じになったらOKというタイミングを見極めるのが難しい。 もちろん、何度も作り、経験を重ねるうちに身についていくのだろうが、全く分からずでやっていくのと、その感じを一度は体験しているのとでは雲泥の差だ。 せんせいのデモンストレーションで、その感じを目で見、自分が作った際に手の中で実際に感じられることは、誰もが思うことだろうが、教室に来た大きな収穫となった。 お菓子の頃合いは、すごくチャーミングだと思う。 例えば、シュー生地の混ぜ方具合はこんな感じだ。 ヘラでクリームをすくい、たらしてみる。 ボールの中にぼとんっと塊が落ち、ヘラに残ったクリームがきれーな逆三角形になって垂れてきたらOK。 三角形の2つの等辺がギザギザしていたら、卵をもう少し入れて混ぜ続ける。 その他にも、かき混ぜながら手の中でふっと軽くなったらOKとか、鍋の底に白い膜がはったらOKとか。 ものすごく化学的で、でも、目で見たり、体が感じる部分はやわらかく、ふんわりとやさしい心地がする。 さて。 いよいよ出陣。 材料は予め、せんせいが計量しておいてくれている。 シュー生地もカスタードクリームも火を使い、時間との闘いのようなところがあるから、作る過程で必要なものは、事前にすべて揃えておく。 牛乳、水、無塩バター、塩を鍋に入れて火にかける。 完全に沸騰するまでじっと眺めて待つ。 牛乳が泡立ち、甘い香りを放つ。 白い波の間をバターの黄色が海に浮かぶ小島のように浮き上がってくる。 波が島を飲み込むように鍋全体を覆い始めたら火から下し、コンロとコンロの間のスペースに鍋を置き、ふるった小麦粉を加え、木べラですばやく混ぜる。 ほころびたクマのぬいぐるみから出てきた黄色い綿みたいなものが鍋の中で転がる。 どんどん混ぜる。 しばらく混ぜて手に重みが加わってきたら、再び火にかけ、小麦粉に火を通す。 鍋の底を注意深く見ていると、白い膜がはってくる。 底全体が薄く白くなるまで我慢して混ぜ続け、火から下す。 ボールに移し入れ、粗熱を取る。 この段階で利き手がだいぶ疲れているが、混ぜ作業はここからが本番だ。 今日は2人一組でやっているから、作業量(混ぜる力)は半分だが、本来、これをすべて一人でやらなければならない。 料理は男のものだとよく言うが、確かに力仕事である。 長年主婦をやってきた女性が、40歳、50歳になって肩が上がらなくなる症状に見舞われるのは(四十肩、五十肩)合点のいくことだとしみじみ思う。 常温に戻しておいた卵を溶く。 パリブレストはフランスのお菓子だが、木の杓文字など、日本風な調理器具を使ったほうがやりやすいところがあるそうだ。 今回も、混ぜるところはだいたい木製の杓文字を使った。 しかし、卵はフォークで溶く。 私はいつもお箸で溶いているのだが、フォークのほうが白身がよく混ざるとのこと。 溶いた卵をちょろちょろと流し入れながら生地を混ぜ続ける。 最初は、卵を入れると生地が黄色い白玉みたいに分離してしまうのだが、根気よく混ぜていると、再びドロッとした一つの大きな塊になる。 なので、心配しないで混ぜ続ける。 卵を入れる、混ぜる。 卵を入れる、混ぜる。 時折り、木ベラで生地をすくい、例の逆三角形の等辺2つの様子を見る。 ギザギザしている。 卵を入れる、混ぜる。 卵を入れる、混ぜる。 木ベラですくう。 まだギザギザしている。 卵を入れる、混ぜる。 卵を入れる、混ぜる。 ギザギザのトゲが少し丸くなってくる。 卵を入れる、混ぜる。 卵を入れる、混ぜる。 もうほとんどギザギザがない。 あと一息。 卵を入れる、混ぜる。 すべすべのなめらかなラインになった。 友達の機嫌が直ったみたいなほっとした気持ちになる。 そして、いよいよ最終段階。 絞り袋の中に生地を流し込む。 鉄板の上にクッキングペーパーを敷き、そこへ絞り袋で直径16センチの輪を描く。 二重の輪を描いた後、輪と輪の境のところへもう一つ輪を描いてのせる。 ピラミッドみたいな感じ(もしくは、俵を重ねた感じ)。 こうすると、焼いた後、表面がふんわりと半円を描いたように膨らんだ輪が出来上がるのだ。 まさに、自転車の車輪を地面に置いたような形になる。 溶き卵の残りを刷毛を使って車輪の表面に塗る。 その上に、薄く切ったアーモンドをパラパラとかけ、そして、オーブンへ。 オーブンで焼いている間にカスタードクリームを作ったが、工程の詳細は省略。 カスタードクリームを作りながら思ったこと。 生地とクリームは、材料も似ているし、火にかけてかき混ぜるところも似ているのに、出来上がりが全く違う。 片方はさくっとした感じの薄いパイのようになり、もう片方はドロッとした液状のものになる。 どこかで異なる化学反応が起こったのが理由なわけだが(生地は焼くし)、ものすごく不思議だ。 人でも、誰といっしょにいるかとか、どこにいるかとか、何をしているかで、ものすごく伸び伸びとすることもあれば、コチコチの感じになることもある。 自分がいつもとは全く異なった人のようになってしまうことがある。 それも一つの化学反応なのかもしれない。 そんなことを考えているうちに、シュー生地が焼きあがる。 ここで、手先の器用な人とそうでない人(或いは、作業が丁寧な人と雑な人)の差が出て、きれいな車輪になっている人もいれば、私のように足の長さが違うテーブルみたいにガタガタと傾いた感じになっている人もいる。 生地の上部のほうをそーっと包丁で切り、空洞になったところに作っておいたカスタードクリームを絞り袋で流し入れる。 半分に切ったイチゴ、生クリームも沿えて、最後に切り取った上部でふたをして完成!である。 粉砂糖をふりかけると、白と黄色と赤がやさしく交じり合い、もっと、楽しそうで美味しそうになった。 こんな感じ。 こんな素敵なものを(もう一人の参加者の人との共同作業だったとはいえ)自分が作ろうことになるとは、夢にも思わなかった。 すごくうれしい。 そして、気が付けば、作る過程をとても楽しんでいたように思う。 牛乳やバターが沸騰していく様子を眺めていたり、その匂いを嗅いだり。 生地がなめらかになっていくのを、友達の機嫌を直すように少しずつ少しずつ確認したり。 材料の反応を見ることは、まるで、誰かと話をしているみたいだ。 せんせいの台所のシンクには洗いものがたまっていた。 が、もちろん、せんせいはそれらを洗うことはなく、皆んなの作っている様子を注意深く見ていてくれたし、オーブンの中で焼かれていく様子にも気を配っていた。 その様子が楽しそうだった。 そして、そうか、と思う。 必要なのは、注意深さとか忍耐力とかじゃなくて、おおらかさとか、へーとかほーとかいう興味だったりとか、そういうことなのかもしれない。 それらを心でちゃんと感じられたのがすごく良かった。 思った以上に参加した意味があったように思った。 自分で作ったケーキは丸ごと家にお持ち帰りさせて貰える。 作業の後には、せんせいがデモンストレーションで作ったケーキを切り分けて貰い、おいしいお茶といっしょに食べる。 そして、わいわいとおしゃべりをする。 参加者は年齢やら何やら、随分と違う人ばかりだったけれど、何かをいっしょに作った後なので、やはり少しおしゃべりしたいという雰囲気になっている。 だから、作業後のお茶というのはとても素敵なアイデアだと思う。 せんせいも、せんせいから一人の女の人になり、楽しそうにおしゃべりしている。 3時から始まった教室は、6時前くらいに作業が終わり、7時半くらいまでおしゃべりしていたと思う。 夏は日が長いので、外はまだまだ明るい。 ついつい油断して、おしゃべりをし続けてしまう。 もう少し話していたいという雰囲気を残しながらも、帰らないといけない人などいたので、お開きとなった。 持参してくるように言われていた大き目のタッパーやら紙箱などに各自ケーキを入れる。 せんせいが作ったプチシュークリームの餡がけもたくさんお土産にしてもらう。 教室で使われた材料は、どれもオーガニックのものばかりだった。 カスタードクリームに入れるバニラも、エッセンスではなく、バニラビーンズを使わせてくれた。 教室の採算はあまり合っていない印象を受けた。 ビジネスというより、せんせいの楽しみ(喜び)のところもあるのかもしれない。 その証拠に、次の週に2度作ってみて、2度ともあまり上手くいかなかった私に、せんせいは何度もものすごく丁寧なメールをくれた。 きれいに焼くためのポイントを箇条書きにしてくれたり、ふと思いついたんですと言って、ここは大丈夫でしたか?と確認してきてくれたりした。 せんせいの作るお菓子がおいしいのは当たり前だと思った。 何度も何度も作ってきた経験があるのはもちろんだが、やさしい気持ちがなかったらおいしいものは作れない。 そして、本当のプロだと思った。 根性の入った人は、自分の能力を惜しみなく出す。 お金をもらう=お金を払った人に自分がやるべきことをきちんと伝える そういう姿勢のある人は、120%くらいの力で働いている印象を受ける。 私は幸運にも、そういう人に何人か会ったことがある。 せんせいもその一人みたいだと思った。 自分の手でおいしいものが作れるというのは、ほんとうに素敵なことだ。 家にいて、お腹かすいたねーと言って何か作って食べたり、友達の家に遊びに行くのに手作りのものを手土産にしたり。 作っても、おいしいかどうか自信ないなー、、、と持って行かないことが多いのだが、これからは、どんどん作って、どんどん持って行こうと思う。 やさしい気持ちで作って、やさしい気持ちで持って行こう。 せんせいのところのサイト: Reikocakes 参加者が家で作ってみた様子を載せているブログ(失敗作なのに私のも載せてくれた): おうちでも作ってみたよ! Reikocakes→Lesson→右横のタグから 'おうちでも作ってみたよ!"(2012年6月 22日付けのところ) #
by bp1219
| 2012-06-26 15:25
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